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ごろんごろんごろん。
目の前を転がる小石が一つ。
「ころんころん」
「ああ、そっちの方が良かったかも」
「何が?」
「こっちの話」
「そう」
私の返答に、モンブランは笑った。
ころんころんころん。
小石は小道を転がっていく。
別に、傾斜がついた坂でもない。
別に、誰かが蹴飛ばしたわけでもないだろうに。
そんなことを思っていると、小石の後ろをついて歩くものが居た。
「お、ジョー」
珍獣を見つけたとでも言うような目に、私は小石から視線を外す。
そして、手元に広げてあった本を見た。
そろそろ定期的な点検の季節である。
この施設を管理するのに、点検は必要だ。
人間の把握、機会の把握、私自身の精神の把握。
色々ありすぎて、最近ではショートした気分になる。
機械はいつもこんな感情を味わっているのだろうか。
そんなことを考えていると、モンブランがすたすたと窓際に歩み寄った。
「小石と追いかけっこ?」
「小石を俺が蹴飛ばしてるの」
「暇人だなあ、コンは」
「お前みたいにいつもジョーの傍に居てにこにこにこにこしている奴に言われたくねえよ。暇人」
モンブランは無言で窓を閉めた。
私は別に異議はなかったので黙っておく。
ただ、窓の外が少し騒々しくなった。
雨でも降れば静かになるだろうか。
雨の音は、好きだ。
何もかもをかき消す雨の音は、嫌いじゃない。
私の存在さえもかき消してくれるような雨の雫と、私の体を流し去ってくれるような濁流と、私の精神を壊してくれそうな音。
ああ、もう、なんて素晴らしいものなのだろう。
珍しく、関心を持った。
が、別に意味は無いので口には出さなかった。
どうせしばらく、雨は降らない。
「小石がころころ。僕は、ジョーの周りをちょろちょろ」
「ちょろちょろちょろちょろ」
「目に留まる?」
「それなりに」
「だったら、嬉しいな。ジョーの意識に僕は居るんだ。だったら、いつまでも、いつまでも、ちょろちょろにこにこしてないと」
「あら、コンに言われたこと根に持ってるの?」
「ん?僕は別にコンに言われたことに対して興味は持って無いよ。ただ、知った言葉を使っただけ」
「知らなかったのね」
「僕、自分の笑顔が一番理解できない」
「そう」
私は苦笑した。
私の笑顔も理解できなかった。
ころころころころ。
ちょろちょろちょろちょろ。
にこにこにこにこ。
私の周りで世界は変わる。
「永遠に、恒久のものを、僕は望みます」
「それは、何?」
「永遠に、恒久に、そう、二つとも同じ意味。ジョーの傍に僕が僕として存在し続けると言うこと」
「いつまで?」
「ずっと、だよ。だって、それが永遠の意味だもん」
「死んでも?」
「一億年と二千年経っても」
「じゃあ、一億年と三千年経ったら永遠は終わるのね」
「僕は知らない」
「知らないことは言わないで」
「この屁理屈」
「褒め言葉ね」
「うん。だって、そんなジョーが僕は好きなんだもん。八千年過ぎたらもっともっと愛しくなるの。一万年と二千年前から、愛してたの」
「あら、一万年と二千年前の私を知ってるの?」
「ううん。わかるのは、僕の恒久の存在だけ」
「存在だけ?」
「存在し続ける限り、僕はジョーを愛するから。それが、僕」
モンブランは笑った。
一億年と二千年後も、モンブランは笑っているのだろうか。
そんなことを、思った。
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