自分というものを語るほど、不確定要素を多様に含むものは存在しないのだと改めて実感した。
しかし、話を一旦別方向に向ける。
「…戯言、ね」
「たわごと。たわごと。ジョーは何をそれほど気に病んでるの?」
「モンブランにとって、私はそれほど弱い人間だったかしら?」
「自分を人間だとも思っていないジョーがよく言うねー」
「あら、モンブランと同意語よ」
笑った。
全てを理論的、論理的、または哲学的に語るには、それは高等学校を過ぎた頃に独学でもすれば良い。
実際に、私は学術書以外の本を読んだことが無い。
だが、現況の何たることやら。
久しぶりに届いた声からには、様々な世界の模様が反映されていた。
その際たるものが、目の前にいる。
「お前ら、この本読んだか?」
本を片手に笑うコンに、私は一蹴。
とてもつまらない、と声には出さずに最大限の嫌悪をこめてため息をついた。
本からの知識はとても重要だろうが、言葉が人を選ぶとは、さても上手いことを言ったものだ。
コンとモンブランから押し付けられた文庫本を斜めに読み通し、私はまた本棚を見上げる。
右側に押しやられるように折られながら、レシピがファイリングされていた。
モンブランがいなかった頃、私が愛読書としていたものだ。
「…最近、考えたこと」
ぽつりと呟けば、モンブランが耳を動かすのがわかった。
彼は言葉に出さず、動作として他人に意思を伝えるのが上手い。
基準はわからないが、私よりも上手いことはわかる。
対して、動作という最低限の行為さえも疎むのがコンだ。
「俺の話、聞いてないだろ」
「人間って、有機物なのよね」
「まあ、燃やせば二酸化炭素が出ますから」
「モンブラン、続きは?」
「僕の意識なんてどうでも良いと思っていたけど、うん。捻くれもののジョーが言うなら、少し付けたし。さっきの会話を踏まえて、僕とジョーに認識の差異はそれほどないよ。僕もジョーも、有機物。僕は、僕の名前を捨てられたときに嬉しかったなあ。誰よりも僕がここにいるんだ。燃えたら灰になる、そんな僕が僕として今は存在してるんだ。それだけ、ツンデレジョー」
「…暇ね」
「あ、全部右から左に流した」
「私の耳は元から笊なの」
強張る体に、金属の腕が拒否反応を示す。
忌々しいと呪ったこともない。
しかし、これでは金属が主体なのか私が主体なのか忘れてしまう。
ここで私は、私に付く不純物にようやく気づいた。
「ねえ、この腕と私ってどっちが主役?」
「ジョーだろ」
根拠もなく言うコンの言葉は、最初から聴いていない。
モンブランに視線を移す。
「自己主張をしたほうが、主役。自分が相手を支配している、もしくは自分にとってのプライド、地位、意地。そんなものがあるほうが、主役だよ」
「私はそんなものがないから、脇役?」
「主役はジョーだよ。だって、話してる。自分で決めてる。指図を受けても、自分を変えない。僕からすれば、どうして自分の支配下にあるものさえも決められない存在がいるのか不思議だね」
お茶を用意しながら呑気に笑うモンブラン。
私はその姿を横目に見ながら、怒鳴るコンを無視する。
風が吹く。
自己主張でもしなければ、最低でも私は自分の腕より下になれるのだろうか。
areaより。
PR