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懐かしい記憶を思い出した。
きっと、忘れたほうが面白くて、つまらない思い出だろう。
私はそれを思い出した。
きっと、思い出すと気持ち悪くて、楽しくなるだろう。
そうして私の世界は崩れました。
めでたし。めでたし。
私の世界が崩れたのは、きっと針の一本でもあったからだと思う。
針の一本の先っぽの、ほんの数ミリ、数ミクロの世界に私の世界は立っていた。
だから、崩れた。
めでたし。めでたし。
「めでたし」
「何が?」
「僕がここにいて、めでたし」
「どこが?」
「そうか、やっぱりジョーはそうだもんね」
モンブランは笑った。
それが面白いと笑うように。
そうでなければいけないと笑うように。
半強制的な笑顔に、私は笑顔を返した。
「めでたし。めでたし」
「何が?」
「私が、ここにいて」
「どうして?」
「どうしてでしょうね?」
「きっと、僕もここにいるからだよ」
「それは、モンブランの思いこみよ」
「僕は、ジョーに愛されて育ちましたから」
「私はモンブランを愛さずに育ったつもりだけど」
「そんなもん」
「そう」
チクタク、針が揺れた。
時計の針が、一つ進む。
私の世界は、今は丁度真下に向いて唸っている。
「ジョーの世界は、どんな世界?」
「ああ、きっと、捻くれてるわ」
「ふーん」
「お父様には、殺したいと言われたほど」
「…お父様!お父様!僕、お父様の話題初めて聞いた!」
「話して無いもの」
お父様。
最愛なる、お父様。
貴方は今どこで、私をどのように思い出しているのでしょうね。
きっと、忘れているでしょうね。
「忘却の彼方に、いってしまった」
「誰が?」
「私」
お父様の中に、私はもう、いない。
「変わるよ」
「何が?」
「現実が、刻一刻と、一秒一秒、変わってる」
「私はそれでも、変わらない」
「きっと、一秒前のジョーと今のジョーは何かが変わってる」
「そうは思わない」
「頑固者」
「だから、お父様にも嫌われた」
「僕を嫌う?」
「慣れてるわ」
消え去ることには慣れている。
変わることには慣れていない。
それが、私。
ああ、でも、気づいてしまった。
私はもう、変わった。
つまらない世界にいる自分が、少しでも変わってしまった。
つまらない世界が変わってしまう。
世界が終わる。
一秒前の世界は、崩れ去った。
「お父様、の話題避けてた」
「モンブラン、気にしてたの?」
「どうだろうね」
「お母様からの言伝で、私を嫌っていると聞いたの」
「あれ、お母様もいたんだ」
「それなりにね。…捻くれて、頑固者、一途で、真っ直ぐ、正直で、言葉を選ばない、相手を傷つけても自分を正当化する、自分の意見は変えない、受け入れても変えない、変えようと努力してみたら相手の意見も変えていた、口ばっかりで脳みそ空っぽ」
「それは、まさしくジョーのこと」
「お父様が私を嫌った理由よ」
多すぎて、もう大半は忘れてしまった。
もっと、もっと、たくさん言われた。
嫌われた理由なんて、たくさんあった。
でも、記憶するべきものではなかったから時間と共に消えていった。
私は気づいた。
忘れていっている自分が居る。
やはり、自分は変わってしまう。
私の世界は、変わる。
崩壊した。
「そうして、私の世界は崩れました」
「お父様のせい?お母様のせい?ジョーのせい?」
「モンブランのせい」
「あらまあ。それはそれは、酷いお話だね」
「本当に、酷く滑稽なお話よ」
こうして世界は崩れましたとさ。
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