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心から泣くという行為を、とても羨ましいと思った。
私には、そんな感情がないと思っていたから。
私は、目の前で平然とお茶を飲んでいる少年に対し口を開いた。
「どうやったら、心から泣けるの?」
「は?」
素っ頓狂な声を出し、少年は私を見る。
「正気か?」
「失礼ね」
「…馬鹿か」
「何よ、馬鹿って」
「馬鹿だからだろ」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なのよ」
「知るか。馬鹿」
「貴方の方が馬鹿ね」
「…バーカ」
「…先生、この子の方が馬鹿ですよね」
「あ、てめ、柊先生に頼るの反則だぞ?!」
「知らないわよ、バーカ」
ふいと顔を背けた私に、少年は納得いかないという顔をする。
私は、してやったりとほくそ笑んだ。
そんな私達の姿に、先生はぽかんと口をあけている。
「…いや、どっちが馬鹿だなんて僕には決められないから」
ようやくの言葉に、私達は顔を見合わせて苦笑した。
どうしようもない言いあいには、決着が必要だ。
決着を適当につけてくれる先生には、いつも感謝しているのは秘密。
二人とも、多分、感謝していると思う。多分。
私は、笑って先生に尋ねた。
「先生は、心から泣いたことってありますか?」
「あるよ」
さらりと先生は答えた。
それがあまりにも一瞬だったから、私は目をぱちくりとさせてしまう。
少年は感心したようだった。
「へぇ、先生も泣くんだ」
「僕は血も涙も無い訳じゃないし。君達よりは、年を取ってるからね」
「じゃあ、俺達も年を取れば心から泣くの?」
「さあ?僕の両親は、泣かなかったから」
「先生にも両親いるんだ」
「知ってるだけだよ。記憶にはない」
先生の言葉に首を捻る私。
見かねて、先生が補足した。
「知っているから記憶にあるわけでもない。記憶にあるから知っている。十分必要条件の、片方だけが満たされてる感じだね。とても、不思議で曖昧なことだとおもうよ」
「そういうものなんですか」
「うん」
私は曖昧に「はあ」と頷いた。
先生は苦笑すると、私が用意したコーヒーに口をつける。
そして、小さく口を開いた。
「涙腺には限界があるからね」
「涙って永遠に出るものじゃないんですか?」
「いや、溜められる量が決まってるんだよ。そのタンクが空っぽになれば、涙も止まる」
「それが涙が枯れるまで泣くってことかな」と先生はまたコーヒーを飲んだ。
私は涙のタンクが想像できずに、首を捻る。
一瞬、タンクの刺青でも彫ろうかと考えたが、それでも涙は流れるだろうから止めておいた。
少年は、まだ納得していないような顔をしていた。
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微妙な終わり方…げふん。
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