夏がくる。
私は、ただぼんやりと空を眺めていた。
夏の前の梅雨空が、嫌いだ。
「雨、降るよ?」
「知ってるわ」
「窓閉めないと」
「お願い」
「後は、ジョーが使ってる窓だけなんだよねえ。困ったなあ」
笑い声に、私は窓を閉めながら振り向く。
相変わらずどこから沸いてくるのかわからない笑顔で、モンブランがそこに立っていた。
片手には、湯気が漂うコーヒーカップ。
もう片方には、厚いファイルが握られている。
「実家から?」
私の簡素な問いに、モンブランは頷いた。
そして、ドアを正しく背中で閉めながらほっと息をつく。
暖かい匂いが部屋に広がり始める。
モンブランは私の前にカップを置くと、書類を差し出した。
「実家からの国際便だよ」
「あら、今度はどこにいるのかしらね」
検閲の判子が何個も押された封筒を捨て、私は全面だけ見えていたファイルを取り出す。
厚いファイルの中には、実家で処分を受けた者たちの名前と写真が連なっていた。
何かしら実家に害を与える者は、時折こうして私の手元に届く。
これがいつか名簿作りに役立つからだ。
モンブランが書類に目を通す私の姿にため息をついた。
「やだなあ」
「仕方がないわ。私自身がその手本だもの。居場所がなくなったファイルの人物達はいずれここにくるわね」
私が作り出した架空のようで実在する村に、彼らは自然と集まる。
「また家を作らないと、…棟梁は暇かしら?」
「暇も何も、今度は船まで作り始めたよー」
「海なんてないのに」
「僕には棟梁の考えなんてわからないから」
モンブランはにこやかに笑う。
そして、私の背後からファイルを覗き見た。
「…ライバルが増えるなあ」
「え?」
「ここを始めた時は、僕とジョーだけの愛の楽園だったのに」
「あら、アダムとイブみたいね」
「そうだよ!だから、僕はジョーを愛し続けるの」
「でも、アダムは林檎の誘惑に負けてイブを置いていくわ」
「そうだけど、違うよ」
さらり。
モンブランは言う。
「僕がイブだから、僕はジョーを愛し続けるの」
「そう。なら、私は熟していない林檎を食べて追放されましょうか」
「うん。だから、そんなジョーを追いかけるモンブランがいるんだよ」
「でも、その例えだと私の方がモンブランより能力が劣っていることになるわ」
「んー、僕は気にしない。ジョーがジョーなら、それで満足。あ、そうすると林檎を食べたジョーは、僕のジョーじゃないのかな」
モンブランは頭を悩ましたが、一瞬だった。
「そんなジョーだったら、追いかける意味がないや」
「簡潔ね」
私の淡泊な言葉に、モンブランは当然と頷いた。
「だって、僕が好きなのはジョーであってジョーな人物だから」
平然とする姿が滑稽に見える。
しかし、決して笑いの対象にはならなかった。
私は、カップに手を伸ばす。
「…中身がココアなのはなんで?」
「ジョーが幼いとき、ココア好きだったって聞いたの」
「誰に」
「郵さん」
「…そう」
通りで甘い匂いがしたはずだ。
私は懐かしい香りに、口を満たした。
久しぶりのオリジナル小説。
…幸せ。
因みに知らない方に簡単な説明。
ジョー(綺麗で頭がよいお姉さん)
モンブラン(ジョーより賢く可愛くてジョー一筋な男の子)
棟梁と郵さんは初登場なのでまだ姿は未定だったりします。
このオリジナル小説が書いていて一番平和な気持ちになる…。
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