気持ちの良いほどの、笑顔を見た。
それきりの会話をしたのだと、夢現の朦朧とした意識が伝える。
ステップ、ステップ、ターン。
彼女が笑った。
私はそれを見て、足を止めた。
「…あ、ジョーちゃんだ」
クルリ、ターン。
少女は振り向いた。
私は空っぽのバケツを持ち直す。
無造作に投げ捨てられたスコップだけが、少しの哀愁を漂わせながら地面に漂う畑の側面。
横と縦の幅をかけあわせた面積を考えたが、結局のところ計測などしていなかったことを思い出す。
私はここまで30歩歩いた。
それだけは事実だった。
「お久しぶり、かしら?」
「うん。多分、一ヶ月とちょっとぶり」
「ちょっと?」
私は首を傾げる。
彼女は、クスクスクスと笑う。
小さな子供がお菓子を抱えて楽しそうに噛り付く姿が、見事に被る一面であった。
「ちょっと、ちょっと。だって、一日、一時間、一分、一秒単位で覚えて意味があるの?言葉と時間と労力の無駄にしか思えないの」
ちょっと、クスクス。
「多分、持ち合わせている意味は違うけど、私もそんな感覚を知っているわ。些細なことなんて、意味が無いのよね」
「そこから亀裂が生じて、転じて、破裂と化するの」
「石橋は叩いて渡るタイプかしら?名前は?」
「アリスは石橋なんて渡らないわ。最初から、現代的なアーチを描いた鉄筋コンクリートで耐震式の橋を歩くの」
「アーチを描いた橋は、力が平等に注がれてとても持ちが良いのよね」
「そう、眼鏡が大好き」
「アリスは?」
「うん」
丸い赤い目を縁取る、黒いフレーム。
小さな少女の姿を見て、私は小さく微笑んだ。
哀れみも何も感じさせないことが何よりもの幸福なのだと表情が語る。
同化。
「ねえ、ジョーちゃん。現実と虚構の境目ってどこなのかな?アリスはね、きっとね、現実と虚構の境目なんてないと思うの。だって、現実って実って現れるを体言したことではないの?虚構が実って、夢が実って、幻惑が実って、幻覚が実って、現れるの。それが、現実。それが、ここ」
「アリスは、現実の中に生きているのね」
「アリスは、アリスだもの。ジョーちゃんと、同じ」
クスクスクス。
ステップ、ステップ、ターン、ステップ。
彼女は笑って去っていく。
マリーと同じ体を持った小さな少女は去っていく。
私は手持ち無沙汰になった胸の空洞を感じた。
生暖かい風が頬を撫でては、少しの嫌悪感と気だるさを齎す。
私にとっての現実を考える前に、脳は思考を停止させた。
つまりは深く考えるなと、自分自身の制御装置がエラーを起こす。
データがパンク状態です。
フリーズ。
画面の停止が促される故に、一度電源を切ることをお勧めいたします。
たまにはウイルスチェックも行ってください。
「…ああ、冬ね」
一言。
areaより。
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